ジェームズ・ボンドの日
スパイ映画シリーズ 第1作「 007 ドクター・ノオ 」 が
1962年 10月 05日にロンドンで初公開されてから、今月 05日で 50周年を迎える。
原作者は、イアン・フレミング ( Ian Lancaster Fleming、
1908年 05月 28日 ~1964年 08月 12日 )、イギリス・ロンドン生まれの小説家である。
彼は、政治家の息子として生まれ、陸軍士官学校卒業後、銀行や問屋での勤務を経て、大手通信社のロイター通信の支局長としてモスクワに赴任。
1939年から M I 6 ( SIS ) に勤務し、同年にイギリスも参戦した第二次世界大戦中は実際にイギリス情報部 ( SOE―特別作戦部 ) で対敵諜報工作員として活動する。
第二次世界大戦の終結後にスパイ活動から引退し、その後、ジャマイカの別荘 「 ゴールデンアイ 」 に居住し、1953年にそれまでの経験をもとに 「 ジェームズ・ボンド 」 シリーズ第 1作となる長編 「 カジノ・ロワイヤル 」 を発表する。
1964年に遺作となった 「 黄金の銃をもつ男 」 を校正中に心臓麻痺で死去、享年 56歳だった。
さて、主人公の『 ジェームズ・ボンド ( James Bond ) 」と言えば、イギリス情報部のエース諜報員。
( あまりにも有名過ぎて・・・諜報員になっていないのでは・・・必ず名乗るし・・・)
任務遂行中は自分の一存で容疑者を殺めても不問にされる殺人許可証「殺しのライセンス 」が与えられていて、「 007 」 と言うコードネームをもつ。
「 007 」 とは 「 00 セクションに所属する 7番の番号を振られたエージェント 」と言う意味。
英語圏では、普通これを「 ダブル・オー・セブン ( Double O Seven ) 」と読むが、映画 「 007は二度死ぬ 」の劇中では、「 007 」を "zero zero..." と発音しているシーンもある。
英語圏以外では読み方は様々で、ドイツでは 「 null null sieben 」 、フランスでは 「 zéro zéro sept 」 、日本では 「ゼロ・ゼロ・セブン」 等と読まれることも多
いが、最近では 「 ダブル・オー・セブン 」 の方が多く使われている。
スパイ以前の事を語るシーンは一度もないが、小説では第二次世界大戦帰還兵で、父アンドリューはヴィカーズ・ディフェンス・システムズ社に勤めるスコットランド人、母モニク・ドラウはスイス人で、両親はジェームズが 11歳の時にフレンチ・アルプスを登山中に事故死してしまいその後、叔母のチャーミアンに引き取られ育てられたという設定になっている。
誕生日は映画によってそれぞれ違い、「 007 カジノロワイヤル 」 では1968年 04月1 3日、ベルリン生まれという事になっている。
原作では尿酸値過多、肝疾患、リウマチ、高血圧、頭痛などを抱えており医者から 「 長生きできない 」 と忠告されているとか・・・
( 映画のイメージとは掛け離れている様な・・・)
当初はそれなりの評価を得ながらも、売上的には芳しくなかったらしい。
その為、フレミングは何度もシリーズを終了しようと考えるが、その度に映像化の話が出てきて、シリーズは継続されることになった。
本格的に売れ始めるのは 1950年代後半で、そのきっかけは、フレミングと縁があったケネディ米大統領が、「 ロシアから愛をこめて 」を愛読書のリストの中に入れたことだったと言われている。
( 実際には 「 007 」を愛読していたのはケネディ夫人のジャクリーンだったとも言われている。 )
2012年 10月 05日
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